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国際交流ダイアリー
このページでは、小代ゼミのゼミ生が世界とつながっていく様子をご紹介していきます。 ゼミ生が企画参加する日大三島キャンパスの国際交流についての報告、留学や海外旅行をするゼミ生からの現地レポートなどを掲載します。 さらに 小代ゼミの企画に協力してくれた三島キャンパスの留学生のみなさんからのメッセージなども 随時掲載します。
I. キャンパス国際交流
II. 海外からの便り
III. 留学生の三島便り


I.キャンパス国際交流

→2006〜2009年度の国際交流

  →2010〜2012年度の国際交流

 

2013年1月
ケニアー日本―韓国―スウェーデンを結ぶ歴史とは

2012−13年後期英語で行った講義には、ケニアと韓国からの学生が参加しました。アジア太平洋戦争に関する授業だったのを急きょ変更して、ケニア―日本―韓国を結ぶ世界史について考える授業に。大航海時代の貿易、キリスト教のアジアへの伝播など共通項を探っていたところ、日本とスウェーデンから途中参加の助っ人が。アヘン戦争、ペリー来航、日本の植民地獲得の意味などを、アフリカ、北欧、韓国から見て論じ合いました。「貿易というのは互恵関係を理解していなければ成り立たないはず」「条約は条約、一旦結ばれたら遵守するべき」「対馬に住んでいたんですけど」・・・深刻なテーマなのに常に和気あいあいだったのは、紅一点のなつみのおかげ。ありがとう。

 
 
2013年6月
6月は交流の月

毎年6月は国際交流イベントが盛んです。ゼミ生は、アメリカからの中期留学生と「しゃべくり会」を開催。翌日はLINKからお誘いを受け田植え体験へ。そしてこのキャンパスのインド姉妹校 Goa University からも学生が研修に訪れました。 私のとある1日は、2限アメリカ人学生に(英語で)マッカーサーの日本占領を教え、3限に日本人に(日本語で)日中戦争への道を教え、4限はインド人学生を授業に招待し(日本語と英語で)ゴアとポルトガルの関係について語ってもらい。1日が終わった時点で「私は誰?ここはどこ?」と軽く時差ボケして、頭がクラクラしました。


ゼミしゃべくり会


日本で迎えたお誕生日

無意識に同じポーズ
   

足だけ見て、どちらの国の学生とわかるかな・・・と思い撮ってみました。>
   

日米猫耳猫愛

ヘン顔連発
(国に帰ったら大学劇団の主役をはる面子も含む)

伊豆の国市「コケキチ農園」で自然農法の田植え体験(LINKのご招待)


アメリカの農場育ちのジェシカとメキシコの都会育ちのケニアが、多国籍軍団に混じって田植えを体験しました。ジェシカ曰く、近くを電車が走るこの田んぼは断じて「田舎」ではないとのこと。何せ彼女の実家は、裏庭にヤマネコが現れ、野性の七面鳥が飛び、ペットは牛という環境。(彼女の「農場物語」は、ゼミ生が聞き取り編集ご紹介の予定です。)

インドの「異空間」ゴアからのゲスト


世界近現代史の授業は「大航海時代」から始めるため、インドのゴアについて基礎知識はあっても、現地から来たカトリック教徒の学生の話しを聞いて初めて「ポルトガルの植民地ってほんとにインドにあったんだ」と実感できます。世界中からゲストを呼べば世界史は身近になる?


世代と国境を超えた日米関係史の授業

私の著書 Trans-Pacific Racisms and the US Occupation of Japan を教科書に使った、英語圏からの留学生を対象にした授業も2年目を迎えました。2013年度は、アメリカ、ケニア、メキシコからの留学生プラス日本人学生(私のゼミ生)に加え、日本から70代の社会人聴講生が2名参加し、世代を超えた日米関係論・人種観について意見を交わしあいました。ここ数年、アメリカからの留学生は大変聞き分けが良く、日本人が何を言っても、はいその通り、ごもっとも、とうなづくので、これはこれで物足りない。(笑)最後まで和気あいあいとして、打ち上げパ−ティ−もやったのですが、提出された最終レポ−トを読むと、やはり「う−むまだ道は遠い」と。アメリカ人にとっては、日本人の劣等感を理解することが難しい、または申し訳ないので「気がつかないふり」。日本人にとっても、自己の劣等感・優越感を客観視することは大変難しく。

   

右上の、ホワイトボ−ドに書かれた彼らから日本人学生へのメッセ−ジは貴重です。”Be Gaijin friendly !”は「ガイジンに苦手意識をもたないで」。”Be culturally aware!” と”Don’t Japanize” は「何でもかんでも日本を中心に考えて判断しないで」という意味。「箸を使うの上手だね」というコメントは、箸を上手に使えるのはアジア人のみと21世紀の今でも思っているんだ、と彼らはショックを受けています。さらに諸外国の様々な現象を、全て日本のケ−スに置き換えて理解しようとすることも やや苛立たしい。”Agri Japan” は、アメリカ農村部出身者が「日米農家で手をつなごう!」というメッセ−ジ。(TPPと関係ある?)“Learn!” という厳しい一言が、日本社会というぬるま湯につかって、そこから出ることすら考えない日本人に挑戦状を突きつけているようで、かっこいい。

2013年11月
留学生のお国紹介ポスタ−作成

2013年度は、中国、韓国、台湾、アメリカなどの他に、フィンランド、リトアニア、モルドバからの留学生がキャンパスにやってきました。そこで彼女たちの「お国自慢」の手助けをしようと企画したのですが、「(バイトや勉強に)忙しくて時間がない」「私はOXに移住したので、母国という意識が薄い」などなどの理由でやんわりと避けられ、かなりの苦戦。成果は2013年度富桜祭展示でポスタ−発表しました。しかし内容の多くは、彼女たちから直接聞きとった生情報というより、ネット検索で集めたデ−タに依拠。それではフィ−ルド・ワ−クの成果発表ではなくなってしまい、残念な結果に終わってしまいました。  

一方「ぜひ私の故郷を知ってほしい」と熱意をもって名乗り上げたのが、アメリカのミズ−リ−州の農家出身のジェシカ。日本人はアメリカと聞くとマンハッタン、シカゴ、ハリウッドを思い浮かべるようで、アメリカの農家を知っている日本人は非常に少ない、ぜひ私の故郷を紹介させて、と自宅から写真を取り寄せたりして大奮闘。その結果出来上がったポスタ−のクオリティ−はなかなかのもの。 翌年このキャンパスにやってきたアメリカ人留学生が、それを見た瞬間言ったひと言が全てを語ります。「・・・あ、これは本物(のアメリカ)だ」。

 


ここでは以下の2本のポスタ−を紹介します。

→ Jessica Pottsの「アメリカ ミズ−リ−州のふるさと紹介」
→ モルドバ紹介(作成:佐藤美乃理、佐藤江里子)
2014年5−6月
ISEP アメリカ人学生とのディスカッション

ゼミに最初に来てくれたのはアイオワの小さな町で生まれ育ったGarrett。名所といったら 大きな温室植物園がある程度、でもこの温室を見てみてよ、とGoogle Earthで検索させてノリノリの郷土愛を日本語で語った後、次第に話しは核心へ。体に良いということで完全菜食主義者(Vegan)になったものの、それを周囲に理解させるのがいかに大変だったか。作った食事を食べない母親は怒り、一緒に外食できない友人は白け、孤立状態だった自分を最初に 理解してくれたのは父だった、というあたりで、語る本人の目頭がうるうる・・・。ホームシックになったのかもしれません。

Garrettが「面白かったよお」と他のアメリカ人に伝えたせいか、後日さらに3人のISEP学生が ゼミに来てくれました。その際ゼミ生を3つのグループに分けて、それぞれのグループを各学生が巡回して、双方が全員と話しが出来るようアレンジしました。これはなかなかの成功でした。一人の学生でも、グループによって笑いが増えたり、やけにまじめになったり、表情が柔らかくなったり、身構えたり。相性ですかね。見ていて面白かった。

 
 

興味深かった質疑応答。「日本人みたいって言われるのは嫌?」「それってお世辞で言っているのなら、ちょっと不快です。だって自分が日本人に見えるわけないでしょ。」「アメリカに戻って、日本人みたいって言われるのは、お世辞?それとも馬鹿にされてる?」「・・・」 こんな会話もありました。「日本人は、アメリカ人を〜先輩って呼んでくれない。私のほうが年上なのに、1年生が私の名前を呼び捨てにするの。感じ悪い」「それはあなたに親しみを表現してると思う」「だけど私は、先輩としてちゃんと扱ってほしい」。またこんな会話も。「アメリカ人が日本に帰化して、本物の日本人になれるだろうか」「うーん」「実はね、アメリカでもね、アジア人はやっぱりどうしても本物のアメリカ人と思われないで苦労してるよ。アメリカ人っていえば、やっぱりどうしても白人なんだ。」「じゃあ日本と同じだ」「どこの国も、まだそんな感じなのかもねえ」 ゼミ8期生は英語力が高い人が多いせいか、こんな踏み込んだ会話が出来ました。

2015年7月

「世界近現代史」授業で、米中留学生が発表!


私が毎学期教える1年生必修授業「世界近現代史」で、アメリカと中国からの留学生が 発表してくれました。アランは、リンカーン大統領と山高帽の秘密、キング牧師とローザ・パークの公民権運動の話しを、ゴさんは、中国史に名を残した3大美女の話しを。日本人学生は夢中で聞いて盛大な拍手を送りました。後ろの黒板からわかるように、この日の講義は日中戦争から日本の南進・太平洋戦争勃発という、まさに日本・中国・アメリカをまたぐ事項を扱っていました。実は事前の打ち合わせで、ゴさんは日中戦争について話したいと言っていたのですが、アランは、戦争の話しは嫌、と。その後二人は話し合って、刺激的なトピックを避けたのでしょうか。いずれにしても日本の大学で、アメリカ人と中国人学生が日本語で日本人学生に「歴史」を語る− 20世紀にはありえなかった、21世紀の新しい世界の光景です。日本人学生のコメントで多かったのは、いつか自分たちが 海外に留学した時、彼らのように堂々とユーモアたっぷりに、日本史のエピソ―ドをその国の言葉で説明できるようになりたい、というものでした。アラン、ゴさん見事!

2016年6−7月

インド ゴア大学生との濃く熱い交流


日本大学国際関係学部は、インドのゴア大学と協定を結んでおり、双方に学生を送っています。6月から1か月間ゴア大学から6人の学生がキャンパスに滞在した際、私の「国際文化論」の授業を日本人学生と共に受講しました。テーマは「自分の国・文化を外国に紹介すること、互いの国・文化を理解することの意味」。日本人学生、最初のうちは「日本を紹介する」とは「折り紙を教えること」「日本のおもてなしの心を伝えること」「B級グルメを紹介すること」といった発想で臨み、ゴア大学生に、マンガ喫茶、スーパーマーケット、スーパー銭湯、高校の授業風景などを紹介していきました。ゴア大学生もそれらを楽しみ、彼らに助けてもらいながら他の日本人学生に日本について聞きたいことをインタビュー。楽しい1か月はあっという間に過ぎて、涙・涙のお別れに。
さて彼らがインドに帰ってから、こちら側はインドに関する、楽しいばかりではない英語の記事を読み始めました。そして、インドに戻った彼らに、日本人学生への期末レポートの課題作りを手伝ってもらうことにしました。「あなたたちの日本人の友達に、今度はインドについて知ってもらいましょう。ぜひこれを読んでみてほしいという記事を選んで送ってください。」3人が応じてくれました。送ってきてくれた新聞・雑誌記事は、彼らと、ただ楽しい時間を過ごして「良い思い出作り」に励んだ日本人学生に、「自分の国について」「どういうことを」伝えるべきか、それを「なぜ」知ってもらいたいか、を考える 大切さを教えるものでした。突如覚醒した(笑)学生たちは「国際社会で日本を知らせること」について素晴らしいレポートを書きました。「なぜ自分たちは日本の良いところばかり見せたかったのだろう」「日本の欠点をなぜ隠したのだろう」「彼らはなぜインドの欠点について隠そうとしないのだろう。」「日本のいいことばかりを話す自分たちをどう考えたろう」「日本とインドの共通の問題について、もっと早くからわかっていればもっと深い話しあいができたし、彼らも日本により親しみをもってもらえたのに。」などなど。「折り紙を教えたい」という国際交流から、なかなかどうして、かなりの進歩ではないですか。

サイ、サッチン、クーパー、ウスマン、モヒート、そしてレノラ、どうもありがとう。また会いましょう。

→ アルバムへ

II.海外からの便り

2007年12月
今年の夏、ゼミ1期生 田中綾乃と小島尚子は、それぞれ 米国ウィスコンシン州にある →St. Norbert College 、インドの →Goa University での短期留学 に旅立ちました。頑張っているようです。 現地からの報告(抜粋)を紹介します
田中綾乃のアメリカ便り

→2007年9月2日
→2007年10月2日
→2007年11月5日
→2007年11月20日
→2007年12月9日
→2008年1月22日
→2008年2月4日
→2008年3月20日

小島尚子のインド便り

→2007年10月10日
→2007年10月17日
→2007年12月7日
→2008年1月2日
→2008年1月8日
→2008年1月12日
→2008年1月13日
→2008年2月7日
→2008年3月12日

2008年6月
2008年春、田中綾乃と小島尚子は、それぞれ無事にアメリカとインドから三島へ戻ってきました。留学最後の日々の様子もお読みください。

また2007年夏、3期生の大久保和美、時田亮は、それぞれドイツ、アメリカへ短期語学研修旅行に行きました。その様子を伝えた報告書を紹介します。
大久保和美のドイツ便り

→読む

時田亮のアメリカ便り

→読む

2009年4月
2009年春、3期生の太田なつみと大久保和美は、それぞれ オーストラリアとニュージーランドの小学校で2ヶ月間ティーチング・インターンシップを行なってきました。 また4期生の青木麻衣は、アメリカ・テキサスへ短期語学研修に行ってきました。 ここでは彼らの報告書をご紹介します。
太田なつみのオーストラリア便り

→読む

(日本大学国際関係学部
「国際交流体験記2010年」より転載)
青木麻衣のアメリカ便り

→読む

2010年9月
5期生の菊山千尋がアメリカ st.Norbert Collegeでの中期留学に旅立ちました。アメリカ体験を報告します。
菊山千尋のアメリカ便り

→2010年9月29日
→2010年10月14日
→2010年10月18日
(小代先生よりの返信)
→2010年10月27日
→2010年12月4日
→2010年12月21日

III.留学生の三島便り

日本大学国際関係学部三島キャンパスに学ぶ世界各地からやってきた留学生のさまざまな声を紹介していきます。 Patrick は 2007年3月から7月まで、アメリカの姉妹校 St. Norbert College からの交換留学生として三島キャンパスで学びました。  当時3年生だった1期生のゼミ・セッションに参加して、日米交流について貴重な意見を交換しました。 ジェリックとヤンは、小代ゼミ3期生として現在活躍中です。
(1) Patrick Thornton,   “My Experience in Japan”
(日本大学国際関係学部
「グローバル・ユニバーシテイと国際交流2008年」より転載)

→読む

(2) 楊 欣 「いい旅」
(日本大学国際関係学部
「グローバル・ユニバーシテイと国際交流2009年」より転載)

→読む

(3) Jerick Esguerra, 「日本に暮らす留学生達の悩み」

→読む

(4) スリド 「僕にとっての国際交流」

→読む